アトピーの当事者に、希望を 〈後編〉

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−長い時間をかけて、アトピーと向き合ってこられたんですね。コントロールできるようになった今、再び新しい形でアトピーと向き合うようになったのはなぜですか?

使命感、です。
就活をしていた頃に、ふと自分自身に問うたんです。
「人生何したいの?」って。

「使命」とか「志」とか、何かそういうものがあるはずだって思っていたんです。「別になくたっていい」と考える人も当然いると思うけれど、僕は絶対にそれがあるはずだと思って、その頃ずっと探していました。
でも、なかなか見つからなくて。卒業してからの3年間は、本当に色々な職業を渡り歩いていた。長く続いた仕事というのがなくて、転々としながら「これが自分に合うんじゃないか、いやちがう…」って繰り返していました。
どの仕事も、「ほんまにお前はこれがやりたいの?」って自問すると、だいたい答えは、「ぶっちゃけ、NO」。自信を持って「YES」と即答ができなかった。そんな状態が続いて、先が見えなくて、まだ社会人3年目なのにこんなに職を転々として、経歴もボロボロで、精神的に辛かった。

そして、去年の10月かな。気づいたことがあって。
僕はよく自然のある場所に行くんですよ。一人になって、ふうっと心安らぐ空間、瞬間を求めて、自然の中に身を置く。10月に川崎市の等々力公園に行ったとき、ふと、「あれ、俺、なんでやたらめったらこういうところ来るんやろう?」って思って気づいたんです。
中学時代の自分の行動と、とてもリンクしているということに。

中学のとき、アトピーが顔にも出て、日中はあんまり外を出歩きたくなかった。人に会って、見られるのが嫌だったから。
だからひきこもりがちで、日が暮れてからランニングとかをして、そのついでに近くの裏山で木々のざわめきや、鳥のさえずりとかを聞いてぼーっとしていた。
体が辛いのは変わらないけれど、心は休まった。
安らぎを自然に求めるという行動が、アトピーにさほど悩まされなくなった今でもなお、無意識にしていたんですね。
改めて、自分の人生におけるアトピーの存在の大きさを知った。一つひとつの行動の選択に、アトピーの体験が少なからず影響を及ぼしている。
それで、「自分にはアトピーっていう軸があるのかもしれない」と思ったんです。
自分はよくなったけれど、今苦しんでいる人はいる。そういう人たちに対して、何か貢献ができないか。そう思うようになりました。

 

−アトピーと生きる人たちに貢献することが、ご自身の使命だと感じられたんですね。

そうです。どう貢献できるかを考えて、まずはアトピーの関連団体に顔を出してみて、「どんな活動をされているんですか?」って、いろんなアプローチの仕方を聞いて回りました。
それでたどり着いたのが、自費出版。自分自身もそうだったけれど、アトピーが悪化しているときって、外出することに抵抗を感じてしまいがちなんですね。直接会いに行って力になることが難しいから、本という媒体を介して、アトピーの人たちの辛い経験と、それを克服した体験をまとめようと思ったのです。もともと文章を書くのが好きだったこともあって。

 

−自費出版という初めての挑戦は、いかがでしたか?

ハードルを感じたのは、インタビューをお願いするとき。最初に自分の体験談を書いて、それを持って「こういうのを書きたいんです。あなたの体験も書かせてほしい」ってお願いをしたのですが、それが難しかった。
自分の経験を書くのは自分の勝手だけれど、他の人にもお願いして書かせてもらうっていうのは、結構責任があります。辛い過去の話を思い出させて、話してもらって、文章として形に残させてもらうわけだから。だから最初は躊躇もしたけれど、思いのほかみなさん二つ返事で快諾してくださって、ほんとうにありがたかったです。すごく、嬉しかった。

 

−これからはどんな活動をされていくんですか?

自費出版は、初めの第一歩だと捉えています。職を転々として、軸を見つけられずにいた僕が、「ほんまにお前できるんか?」って自問自答しながら挑戦してみて、「ああ、もうお腹いっぱい」ではなくて、まだまだやるべきことが見えて、かつ、やりたいと思えた。
だからこれからは、本以外でも、自分が貢献できる範囲を広げていきたいと思っています。

今は、「アトピーの人のために貢献したい!」という人たちの交流と意見交換の場を提供しています。出版をきっかけに、アトピーの当事者に個別で相談に乗ったり、話をしたりということもしていきたいですね。

30歳までは、ライターとして自立することと、そのなかでやれるだけのことをやりたいと思っています。そして、30歳になったら、もっと社会的なところにも目を向けて、貢献できる幅を広げたいと思っています。たとえば、アトピー持ちの子どもで、保育園や幼稚園に受け入れを拒否されるようなケースが現実にある。その受け皿になるような場所を作りたいなって思っています。子ども、好きなんですよね。中学校のときの夢は保育士さんだったぐらいで。

それから、アトピーに限らず、広い意味で「人々の健康」に貢献したいという思いもあって、スポーツの促進なんかもゆくゆくはしたいです。まだ妄想段階だけれど。

さらには、ライターとして一人前になった暁には、こういう自由の利く、場所を選ばない働き方を必要としている人のための雇用創出をしたいと考えています。たとえば自宅療養をしながらも、経済的に苦しまずに済むように貢献をしたいです。

 

−「貢献」という言葉が、基さんの活動のキーワードのように感じましたが、「貢献」ってどんなふうに捉えていますか?

貢献できる範囲って、最初から大きくはないと思うんです。よく、「世界に貢献したいんです!」って言う人がいて、それはすばらしいことだと思うけれど、僕の場合は最初からそこを目指しません。

まず中心に自分がいて、その周りに家族や友人、先輩や後輩がいて、その外側に地域社会があって、そのさらに外側に、日本、そして世界があるというイメージ。自分を取り巻く環境の、一番近くにある家族を幸せにできないうちに、世界を幸せにすることはできないんじゃないかな。自分の源泉となる家族が崩壊しているのに、社会がどうだ、世界がどうだって、何か違うと思います。
自分の影響の及ぶ範囲、幸せにできる人たちの範囲をどんどん広げていきたいから、まずは20代のうちは身近なところから支えていきたい。

そう思うから、ライターとして自立をして、目に見える身近な人たちに貢献をしたいし、その先には地域や日本に働きかける貢献も見据えています。

 

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当事者として、アトピーによる様々な葛藤を乗り越え、生き抜いてきたからこそ、それが大きな原動力となって基さんを突き動かしていることを強く感じました。
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著書とともに、記念に一緒に写真を撮っていただきました。
基さん、ありがとうございました!

 

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