すべての家族と、それを支えるすべての人を照らす

おうち、てらす

自分と彼らの「生きづらさ」に折り合いをつける

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誰もが社会のなかで、大なり小なり「生きづらさ」を感じているのかもしれません。なかでも、社会で「ふつう」とされる枠からちょっぴりはみ出した人たちは、それだけで居心地の悪さを強いられがちです。そんな「生きづらさ」を抱えた人たちが、もっとのびのびと生きられるような未来を目指す活動家Myuさんにお話を伺いました。

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さえ

Myuさんの今の活動について、教えてください!

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今は「はーとすけーぷ」というHPを運営しています。ここでは、都内の精神障碍者のための施設とか、精神障碍者によるサービスを提供するお店などに行って、それに携わっている人たちをインタビューしています。その空間の雰囲気や、その空間を作っている人たちが日々考えていることを世の人たちに伝えていきたいなと思っています。

そしてもうひとつは、「シェイクハートプロジェクト」の広報&メンタルヘルス部門。こちらは、障碍者と健常者を結びつけて、関わった人たちの夢を応援するということをやっている団体です。結びついた仲間同士のことを「バディ」っていう風に呼んでいるんですけれど、そんな風に夢に一緒に取り組んでいくバディを2020年のパラリンピックに向けて5000組つくるということを、みんなで目指しています!

さえ

5000組! それは結構な数ですね。

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はい。そして、近々この「シェイクハート」をNPO法人にしようという話が出ていて、本腰を入れて関わっていきたいなと思っているところです。

*活動のきっかけ

さえ

そもそも、こういった活動に取り組み始めたのは何がきっかけだったのでしょうか?

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どこまで遡ったらいいのかな、というのはあるんだけれど…。もともとわたしは、一言で言うと繊細な性格で。すごく「個性的」だと周りの人から言われるような子どもでした。

 さえ

「個性的」、というと?

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うーん。自分にとってはそれが普通だったので説明が難しいんですが、常に無理をしていて リラックスすることができない。「力抜いていいんだよ」と言われてもずっと力が入ってしまっている状態で。そんなぎこちなさが行動にも出ていたのかなと思います。

 さえ

確かに、自分のことを客観的に見るってなかなか難しいですよね。

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家族の話をすると…うちの母親がかなり完璧主義者で、大雑把なわたしの対極にいるような性格の人だったんですね。わたしがこういう子どもだから、母親も子育てには苦労したようで。この個性の尖ったところを、世の中にちゃんとなじんでいけるように均すために、何かと制限をされて、厳しく育てられたような記憶があります。

わたしには、ずーっと抱えている生きづらさがあります。のびのびと自分らしさを出していたいけれど、でも人の顔色をうかがっちゃうようなところがあって。これは母親のおかげと言えるのかもしれないけれど、個性的な側面を持ちつつも、そうやってある程度世の中で適応して「普通」のなかに入っていくということはできているのだと思います。

とはいえ、それで生きづらさが消滅するわけではなくて、心のなかではずっと、抱えているものがあって。だから、自分自身のそういったもやもやとした思いを消化したいという気持ちと、それと同時に、似たような境遇のほかの人たち(個性的すぎて生きづらいひとたち)がその人なりのうまい具合に世の中と関わっていけるような妥協点を見つけられたらいいなということを目指して活動しています。

 さえ

生きづらさの正体は、なんだと思いますか?

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大学に入って心理学を勉強したのですが、そのなかで「まさにこれだ!」と思ったことがあって。それは、わたしを含む生きづらさを抱えている人たちの、自尊心がすごく低いこと。わたしは子どものころに、母親からすごく否定された感覚が残っていて。もしかしたら現実はそんなことはなくて、褒めてもらっていたこともあるかもしれないんですけれど、否定されていたことが強烈に記憶に残っているんですよね。

さえ

今わたしが読んでいる、岡田尊司さんの『愛着障害−子ども時代を引きずる人々−』という本にも、身近な養育者との適切な愛着の形成がなされないことが自尊心を低めてその後の人生に大きな影響を及ぼすということは書かれていました…。

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子どものころに愛された記憶のない人って、世の中にたくさんいると思います。そういう人でも、やっぱりそれを一生引きずり続けて、おばあちゃんになっても母親のことが許せないというような人もいる一方で、前向きに暮らせている人もいるわけで。大事なのは自分のなかで折り合いをつけられることなのじゃないかなと思いますね。

さえ

なるほど、「自分のなかで折り合いをつける」、なんですね。わたしはこういう課題を前にすると、生きづらさを生み出す社会の構造を変えないと、ってすぐ思いがちなんですけれど、Myuさんの場合は、その前に個人がそれぞれの自分のなかで折り合いをつけていくことに目を向けているんですね。

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もちろん、世の中がもっと変わったらいいなと思ったりはするんですけれど、結構漠然としてて自分が世の中に対して何からできるかということが今の自分にはピンと来ていなくて。そうなるとまずは自分とか、周りの人からかなというふうに思っていますね。

そもそも、なんで今生きづらさを払拭するための手段として、「はーとすけーぷ」をやっているかというと、障碍を持った人とか生きづらい人がしっかりと稼いで、自立をする手段をもてるための拠点をつくりたいという思いが根底にあります。3、4年前から独立・起業ということを考えてコミュニティに顔を出したりして考えていたんですけれど、今の自分できることとやりたいことがあまりにも乖離しすぎていて…。だから、まずはスモールステップとしてできるところからやっていこうかなと思ってはじめたのが「はーとすけーぷ」でした。

 さえ

わたしの「おうち、てらす」インタビューもそうですけれど、いろんな人の話を聞くことで勉強にもなりますよね。

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そんな感じ。面白いのが、施設によってスタンスが全然違うんですよね。「現実を見たら、障碍者が稼ぐなんてとてもじゃないけれど無理」と割り切っている人もいたし、その逆で、「稼がないとこれからの時代は生きていけない」と言っている人もいたし、いろいろな考えに触れられて有意義だなと思っています。

 さえ

ところで、Myuさんの活動の出発点はご自身の自尊心の低さからくる生きづらさの体験だと思いますが、そこから対象を障碍者に絞ったのは何か理由があるのでしょうか?

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大学で心理学を学んだことは先ほどお話しましたが、その大学時代に、精神障碍者のグループホームで非常勤職員のアルバイトをしていました。そこで、わたしは人生で初めて自分以外の「生きづらい人たち」に出会ったんです。それが、障碍を持っている人たちだった。だから、その人たちがもっとよく生きられたらいいのに、という思いが強いのだと思っています。

 さえ

心理学を学んで変わったことありますか?

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説明ができるようになりました。自分のことを客観的に、言語化して解説できるようになったのは、すごく気持ちを楽にしてくれました。ほんとうに、それだけで大学に入ってよかったと思っています。

あと、人の感情はなんとなく根底にこれがあって、こう言っているのかなというような深い考察ができるようになって、人付き合いが楽になりましたね。これまでは過剰なまでに傷つくことを避ける行動をとってしまっていたのが、和らいだ感じがします。

 

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