子どもたちがプログラミングを学ぶべき本当の理由

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ーその体験をしている子どもたちって、ブロックを前にして「自分はプログラミングをしているんだ」って思ってやっているんですかね?

何をやってるかはあんまりわかってないと思う(笑)

「プログラミングとは何か」を教えたいというよりは、「物事の仕組みを自分で読み解いたり、その仕組みを誰かに伝えられる」ということの方がよほど重要だと思っています。littleBitsのブロックをただ適当につなげるだけでは単なる遊びでしかないけれど、ワークショップのなかでは、自分が一体何を作ったのかを説明させるようにしています。

ボタンを押したからライトが光る、それは偶然ではなくてそういうプログラムを自分で作ったからそうなっているんだということを、自ら説明することでアルゴリズムに気がつく。順番通りに物事は動くということを、そこできちんと理解することがすごく大事なんです。所詮、いろんな命令の組み合わせと物事の動く順番を決めているに過ぎないので、どんな難しいプログラムも、どんなに簡単なプログラムも、突き詰めてみればそれだけのこと。それがわかってくれれば十分だと思っています。それがプログラミングであったことに、将来どこかでふと気づく、そのぐらいでいいんです。

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プログラミングの勉強をすることで論理的思考力が身につくらしい、っていう話を良く耳にしますが、それは鶏と卵のようなもの。きちんと物事を順番に説明できる能力を持っていることが、結果的に論理的思考力につながるというだけじゃないかなと。たぶんそういうことを繰り返していくと、自然と、頭の中で考えながらものが作れるようになるんだろうと思います。

 

ー頑張ってプログラミングを覚えるという苦しい経験をして身につけるよりは、気づいたら論理的思考力を身につけている方が、学習する身としては嬉しいですよね。

既存のやり方は、そういう苦しいやり方をとっている。SEとかプログラマーの人たちって。最初にいっぱい勉強させられるんですけど、そのときってプログラムの作り方を教えてもらって、その通りにつくるというもの。効率の良いプログラムの作り方はこうです、だからこう作りましょうって。でもそれってすごくつまらないし、子どもたちはプログラムをつくるために勉強をするわけじゃない。大人向けのプログラミングの勉強の仕方と、子ども向けのプログラミングの勉強の仕方は本来は分けて考えなければいけないとわたしは考えています。

 

ー大人もlittleBitsで探究型の学習をするのはだめなんですか?

大人と子どもだと、プログラミングを学ぶ目的が違う。大人はそのスキルを活かしてお金をもらうために学ぶから、いかに早く、いかに良いものをつくるかが大事。であれば、手っ取り早く効率的なやり方を教えてもらった方が嬉しいですよね。自分で試行錯誤してそこにたどり着くより、すでに良いやり方があるので、それを勉強した方が早いじゃないですか。だから、大人向けはそれでいい。

でも、子どもは別にプログラマーになりたいわけじゃない。むしろ自分で発見する経験を通して、プログラムの作り方ではなく考え方や問題の解決の仕方を身につけてほしいと思っているので、探究型がいいのです。

 

ーなるほど。目的に応じたプログラミングの学び方のオルタナティブとして、探プロが位置付けられているんですね。

まだ一般的にはその辺が十分に区別されないままになっているのが課題ですね。子どもをプログラマーにしたいわけでもないのに、一生懸命プログラミングの技術を勉強してしまっている。何か違うなあっていうのを、気づいている人はもう気づいています。

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ー考えたことのない視点でした。プログラミングって、何かすごく特別なもののような気がしていましたが、生活のすぐ近くにあるんですね。

プログラミングに対する一般的なイメージって、なんだか小難しいもの、理解できないあっちの世界のものというふうに捉えるじゃないですか。でも、プログラムって言葉は別に機械のプログラムだけを指してはいなくて、映画や運動会のプログラムなんかも全部、同じプログラムなんですよ。すべて、順番や段取りが決まっているもの。そんなに特別なものではないんです。

 

ープログラミングって言葉は多くの人が耳にしたことがあるけれど、説明できるかと言われたらできなかったり、とんちんかんな回答をしてしまう。言葉だけが一人歩きしている感じがしますね。

「探究型プログラミング学習」という名前をつけるとき、すごく悩みました。「いわゆるプログラミング」が連想されてしまうから。そうじゃない、違うものなんだ、と説明したいのだけれど、同じ言葉を使うことでわかりづらかったり誤解を生んだりしてしまいます。かといって全く違う名前をつけるとそれは一体なんですかってなっちゃうので、止むを得ず同じ名前を使っています。どうやって伝えるか、は今もまだ試行錯誤中です。

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ーそもそも記子さんがITの世界に足を踏み入れたきっかけはなんだったんですか?

高校のときに理系を選択していたのですが、数学はそんなに得意じゃなかった。当時、理工学部に情報学科っていうのができ始めた時期で、「理系っぽさ」がないところに惹かれて進学しました。

入ってみたら、周りは男子ばっかり。彼らは小さい頃からプログラミングとかコンピューターが大好きで、親にパソコンを買ってもらってプログラミングしていたような人たちで。わたしはプログラムってなんですかってレベルで入学したのに。彼らはその後もずーっとそういうのが好きで、いわゆるプログラムを駆使して何かを作るような仕事に突き進んでいくような世界に入っていきました。わたしはどうにも「ものづくり」を技術的に極めるということに興味を持てなかったもので、ずっと違和感を抱えてきました。

 

多分、わたしがあのときの男子学生のように、プログラミングの世界にどっぷり浸かっていたら探プロのアイディアは生まれていなくて、今頃「PCを使っていかにかっこいいものを作るか」という教育が素晴らしいと思っていたんじゃないかなと思います。そこに興味がもてなかったということが、わたしの中の違和感を育てて「何のために何をつくるのか」の面白さと重要性に気づくことができました。

ものを作ることができる能力というのは、絶対に必要だし素晴らしいことだし、そこを極めることに異論はないし、まったく批判をするつもりはないのだけれど、そうじゃない世界というのもものづくりの世界にはある。どちらかというとそちらのほうが、多くの人が関わっていて、汎用的なスキルがあると思っているんですね。だからこそ、探プロで子どもたちのスキルを育てたい。

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記子さん、ありがとうございました。

PCをカタカタと叩いてプログラムを組み立てることは、あくまでも手段。子どもたちがプログラミングを学ぶのは、その背景にあるロジックを知り、ツールを使いこなし、他者と共同し、そして社会の問題に向き合うための力を見つけることにその本質がある。だからこそ、国語や算数と同じくらい、すべての子どもたちにとってこれから必要な学習であるということに強く共感しました。

子どもたちがプログラミングを学ぶことが、彼らを「社会の一員」として育てるのです。

 

撮影:下里夢美

 

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