ステップファミリーから家族関係を読み解く

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ーところで、社会的に認識されている「お父さん(ないし、お母さん)」の役割って、経済的に養ってくれることや、一緒に住んでいること、養育すること、心理的なよりどころになること…いろいろあると思いますが、「継父はお父さんにならなくていい」という文脈における「お父さん」の役割っていうのは、子育ての主体者にならなくていいということでしょうか?

そうですね。前提にるの元々「お父さん(お母さん)がいるという事実です亡くなっているケースも含めて、そのお父さん(お母さん)の存在子どもから奪わないということが大事ですその存在をタブーして、「新しいお父さん(お母さん)」で塗り替えることによって、いないことにしてしまうことを避けようということなんです。触れてはいけないし思い出してもいけない、そういう事実を隠蔽するような抑圧が子どもにストレスをかけてしまうと思います

そこには「自然な家族」規範が強烈に存在します。それを認識して、緩和すること、事実に即した家族を受容することができるとよいのですが。

ーなるほど、お父さん(お母さん)というポジションを奪わないでということですね。

たとえば、継父さんに経済力があるのならば、継子のスポンサーにもなってもらえばいい。父親とは別の、もう一人の支援者ですね。でも、親という存在を塗り替えることは、その子にとって人生上重要な人を奪うことになってしまう。継親が登場したことによって大切な誰かが奪われてしまうようなことにならないようにすることが大事です。子どもには継親が親とは別の少しプラス」の存在として認識してもらえれば、ぶつからずに関係性を築くことができる。

里親とか養子縁組にも共通するものがありますね。

ステップファミリーは、すでに親子関係ががっちりできあがっているところに再婚相手が加わる。里親や養子縁組は、夫婦関係があるところに子どもが加わる。新たしく加わるメンバーにとっては疎外感や孤独感があり、関係のアンバランスさという点で両者は共通していると言えるかもしれません。一方で、誰が部外者で誰が部内者かという家族の構造が違います。

何が自然な家族かという議論と関連しますがステップファミリーが形成されたばかりのときにはつねにみんなで過ごす」ことが目指されがちです全員揃って食事をする、休日を過ごす、それでこそ家族になれるという期待。でもこれって、子どもも継親も結構気まずいものです。部外者がいると部内者同士で気兼ねなく話せない、部外者は疎外感を感じる、など。関係がアンバランスであるからこそ、あえて家族内をときどき区切ることも必要になってくるんですよね。実親と実子だけの時間とか、夫婦だけの時間を意識的に作るというふうに。

ーやっぱり、全体でうまくいっているように回そうとすると誰かにしわ寄せが行ってしまうんでしょうね。

家族ってみんなで集まって賑やかな方がいいというイメージで、メディアなどでは繰り返し描かれてしまいますが、とくにステップファミリーの場合、そのなかの一部分ずつに意味があるということがどうしても理解されにくいように思います。

ー細かい関係性が全部きちんと機能しているからこそ、全体が結果としてまとまりをもてるのかもしれませんね。

いえ、全体がまとまりをもつことにこだわりすぎない、という話なんです。

「自然な家族」と言われるような一体型の集団を目指すのではなく、二者関係がいくつか組み合わさってできあがっているような、少し緩やかにばらけたネットワーク型の家族として、親密な関係を築いていくことができる。

「自然な」って言われるイメージに無理やりあてはめようとすることが、大人にも子どもにも苦痛を与えるのではないかなと思います。

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