図に乗っているぐらいがいい

―子どもたちが最初にみらいホームに来たときって、どんな感じだったんですか?

 

忘れちゃいましたが、わりとすんなり馴染んでくれたような気がします。僕があんまり気を配らずに「まぁまぁ、大丈夫。何とかなるよ」って言っているから、知らない間に向こうが合わせてくれたのかも。

 

ーみらいホームには、ゆるさというか一貫した自由さがありますよね。

 

小っちゃい頃に誰かの価値観を押しつけられないことが、大きくなったときに羽を広げることにつながる。そこは大切にしたいところです。

 

ーそういう家族、純粋にいいなと思います。田中さんがお母さんから受け継いだ家族みたいなものを、今作っているんだろうなって。

 

おかんがしてくれたことを、おかんにただ返すんじゃなくて、親と暮らせない子たちに恩返ししたいなっていう気持ちで社会的養護の世界に飛び込んだので。そのきっかけといというのが、今思い出したんですが、父の死でした。交通事故だと聞いていたのに、18歳で一人暮らしをするタイミングで、おかんが真相を教えてくれて。自殺でした。そこで僕は何かを感じて、のちに児童養護施設で働くことを選んだように思います。

 

ーそうだったんですね。知ったとき、どう思いましたか?

 

「え!?」って思って。「言わん方がええかと思って言ってなかったけど、実はそうなんよ。はは〜」みたいな感じで教えてくれた。でも、そんなことがあったのにもかかわらず、おかんは僕をこんなふうに育ててくれたんだなと思ったら、感謝の気持ちが何倍にも増して。

 

ー田中さんのなかでお母さんの存在感がとても大きい理由を、今垣間見た気がします。

 

みらいホームの子たちにもそれぞれのお母さんがいる。いつか、どうにか家族が再統合できればと願っています。なかなか叶わないケースが多いけれど、一緒に暮せる環境が整えば「行ってらっしゃい」って見送ろうと思っています。「あのお腹から生まれてきたんだもんね。たまには戻ってきてね」って。

 

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―10年後、どんなみらいホームにしたいですか?

 

夢があるんです。うちを18歳で自立した子に、いつか手伝いに来てほしい。たとえばYちゃんが、将来保育士とかになって、僕がおじいちゃんになった頃に「ちょっと代わりにやろうか」なんて。Sくんなんかが、かっこいい車に乗って立ち寄って、「今日ちょっと留守番してるから、どっか遊びに行けば」なんて。そんな子が、10年後に何人かいればいいなーって。

 

―子どもを育てるって、そういうのがあるからいいですよね。

 

そうそう。今は補助員さんに頼り切りだけれど、地域の人とか巣立っていった人が、みんなで手伝いに来てくれたら嬉しいなって思います。手伝ってくれなくても、気まぐれでいいから顔を見せに来てくれたらいいな。「あ、Tくんもう結婚したんだな」とか「あ、もう子どもできたんだな」って、近況を知り合えるようなつながりが、巣立った後もできていたらいいですよね。

 

―ところで、田中さんがファミリーホームを続ける理由って何ですか?

 

嬉しいじゃないですか。あんなにツンケンしているYくんとゲームしたり、まさかドライブしたりすることがあろうとは思わなかったし。SくんやYちゃんがいつも「どこどこに行きたい!」って言ってくれたり。Aちゃんが、つかず離れず揺れながらも、「学校でこんなことがあった」なんて言ってくれたり。小っちゃな嬉しいことがいっぱいあるから。

 

―ちなみに、田中さんが子どもたちに「とーちゃん」って呼ばれていることがとても印象的だったのですが、どういう経緯があったのでしょうか?

 

呼び方は何でも良かったと思うのですが、「何て呼んだらいいの?」って聞かれて、聡(さとし)の「と」で「とーちゃん」でいいんじゃないのって。

 

―え、そっちですか!

 

お父さんにはなれないなっていう気がしています。あくまで、「知り合いのおっちゃん」ぐらいの立ち位置かな。

 

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「うちではどんどん図にのってね」

子どもたちがのびのびと暮らすみらいホームは、田中さんの「おかんのような温かさ」で溢れています。

 

撮影:しんさん

 

 

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