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おうち、てらす

【さかいめ革命vol.1】暮らしを共有する

 

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はじめに

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昨年7月から始めたインタビューも、ついに10回目を迎えました。多方面で活躍されている方々とお話をさせていただくなかで、これまでぼんやりとしか見えていなかったわたし自身の問題意識が、徐々に輪郭を持ち始めているのを感じています。

いま一度、わたしの問題意識の根本にあるものを整理してみようと思います。

 

現代社会には、家族を取り巻く問題が山積しています。

貧困、児童虐待、育児ノイローゼ、待機児童問題、ひきこもり、過労死、DV、孤独死、少子高齢化……と、枚挙に暇がありません。
これらの多くは、家族が社会から切り離されて孤立していることに起因しています。
“家族だけの問題”として抱え込み、助けを求められない状況を社会が作ってしまっていることに、その深刻さがあるのです。
この状況を打開するために、何ができるでしょうか?
それは、これらの問題を“家族だけの問題”とする捉え方を改め、“社会全体の問題”として、
社会の一人ひとりが、まずは当事者意識を持って向き合うことです。


おうち、てらす「About Us」より抜粋)

 

家族が社会から切り離され、孤立しているのはなぜでしょうか。

わたしは、ここに二つの要因があると考えています。

 

一つめが、マジョリティとマイノリティの間に大きな分断があることです。わたしたちは知らず知らずのうちに、「家族とはこういうもの」というフツウを植え込まれています。それは、「父がいて母がいて、血の繋がった子どもがいるのがフツウの家族」というものであったり、「母親はイツデモ子どもを無条件に愛するもの」というものであったり、「男がカセギ、女が家をマモル」というものであったり。そして口には出さないものの、裏を返せば「自分の子どもをかわいいと思えないのは親シッカク」、「離婚はジコセキニン」というような心ない非難となるのです。

わたしたちの頭のなかに植え込まれたフツウという幻想は、フツウからはみ出した多様なあり方を見えないものにしてしまいます。社会から見えないものとされた家族と個人は、そうして社会とのつながりを断たれ、再び繋がるのに大きなエネルギーを必要とするのです。

 

二つめは、「家族」という関係性が、社会に対して非常に閉ざされたものであることです。子育ての多くが密室での母子一対一の「孤育て」であると言われて久しいですが、「家庭の事情」に他人が簡単に踏み入れず、当の家族も相談できる相手が近くにおらずに抱え込んでしまうということは少なくありません。家族が内へ内へと向かい、社会との接点を失ってしまうと、自らの置かれた環境を客観視して冷静な判断をするということが難しくなります。そんな状況では、SOSを発信することはもとより、その必要性にすら無自覚なまま取り返しのつかない事態に陥ってしまうリスクが高まるでしょう。

 

これらの現状をほぐし、ゆるやかに繋がり合う社会こそが目指すべきものなのではないかと、最近はよく考えています。

 

そこで、「さかいめ革命」

 

マジョリティとマイノリティの間に横たわる、フツウという名のさかいめ。

家族の関係性を聖域化し、社会から見えなくする堅牢なさかいめ。

そんなさかいめを限りなく薄めて、つながりを網目状に張り巡らせたい。

 

月一更新のインタビュー記事とは別枠で、「さかいめ革命」と題し、家族のさかいめに挑戦する人たちとの対話を通してゆるやかな繋がり合いのあり方を探ります。

 

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第一弾は、住まい。

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家族と家族の間の物理的なさかいめを取っ払うと、どうなるか。シェアハウス住まい歴の長いT.L.さんとお話しました。
T.L.さんは、今のシェアハウスが三軒めだそう。

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最初に住んだのは、IT界隈の人たちが集まるところで、自分自身がIT界隈の動向とかに触れるいい機会になるかなと思ったのが、シェアハウスに住み始めた最初のきっかけ。それに、家賃も安くて、自分で大型家電とかを揃えなくて済むというところに魅力を感じました。

実はわたし自身も少し前にシェアハウス暮らしを始めたところなのですが、「シェアハウスに住んでいる」という話をすると、驚かれることが少なくありません。

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T.L.さんがシェアハウスという選択肢にたどり着いたのはなぜですか?

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たまたまシェアハウスに住んでいる人と出会って、話を聞いて興味を持ったのが直接のきっかけだったと思います。

当時住んでいたところが恵比寿の古いマンションだったんだけど、面白くなかったっていうのはありますね。

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お、面白くなかった…?

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うん。やっぱり、なんかこう、どっちにしろ家にいる時間ってそんなに長くなかったし、居心地のいい場所にはなっていなかったので。だから、人と一緒に住むということに興味があったのかもしれない。

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わたしもよく聞かれるのですが、帰ってきてからも人がいるって気疲れしそう…っていう心配はなかったですか?

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うーん、あまり考えなかったかな。ただ、これは結果としては人の気配があるっていうのはむしろ、すごくいいですね。

人っていうのも、全くの他人でもなければ、家族とかのレベルで一緒に住んでいる人たちってわけでもないから、適当な距離感がある、安心できる人たち。そういう人たちの気配があるっていうのがむしろいいです。

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適度な距離感を築く上で必要なことはなんだと思いますか?

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お互いに成熟した大人であるということは、まず大前提として必要な条件だと思いますね。だからプライバシーも尊重し合うし、気持ち良く挨拶もできる。お互いに気を許していい相手同士なんだという感覚を持てるんでしょうね。

スペースの気遣いっていうのはあります。これをし合うことでちょうどいい距離感がお互いに取れるようになるんじゃないかと思います。

 

絶妙な距離感が、そこにはある。

シェアハウスに暮らす動機は人それぞれでしょうが、少なくともT.L.さんとわたしに共通しているのは、「一緒に暮らしたい誰かがいる」のではなくて、「誰かと一緒に暮らしたい」のだということ。言葉の並びが違うだけだけれど、まったく違う感覚です。

その「誰か」は、こちらの暮らしに必要以上に干渉しないが、かといって無関心でもない。お互いが気持ちよく暮らせるように、見えないけれど確かな線引きがあるのだろうと思います。それが、心地よい「人の気配」という安心感を生み出しているのでしょう。それはハードのセキュリティには到達することのできない、高次のセキュリティとも言えるものです。

 

シェアハウスは家というハコを共有しているだけ、ではありませんでした。
物理的な共有を通して、ゆるやかな関係性をも共有できることを、証明していると言えるかもしれません。

ゆるやかな関係性について、T.L.さんはこんなお話をしてくださいました。

 

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人とのつながりっていろんな形が存在しうるんですよね。時間は有限だから、付き合い方にも当然濃淡が出てくるじゃないですか。深く関わる人と、それほど深くは関わらない人と…。だけれど、浅く関わる人たちも自分にとって大事な存在なんですよね。だから、そういう浅い関わり方をしている人たちも含めて、人との関わりを大切にしていきたいと思っています。

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わたしが前読んだ本で、「中庸なネットワーク」っていう言葉があったんですよ。

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ああ! まさにそれ。それを自分の言葉で表現したって感じです。

深い付き合いのある人たちももちろん大事だけれど、浅い付き合いの人たちの存在もやっぱり大事だと感じています。シェアハウスはそれを得やすい場所だと思いますね。出ちゃうとそこで付き合いが終わっちゃうことが多いけれど、それでいいんじゃないかなと。結局、生きて行くなかで学校行ったり会社行ったりしても、卒業したり会社辞めたりしたらほとんどの人とそこで付き合いが終わっちゃうもの。そういうことの繰り返しで生きている。だから、そのなかで残る深い付き合いも大切にしつつ、一時的かもしれないけれど浅い付き合いも大切にしていく、というのが理想です。

シェアハウスに住むことも、そういう浅い付き合いが自然にできるというのが大きなメリットの一つじゃないかと思いますよね。会社や学校はどうしても生活の中心になってしまうから、そこの人たちとは嫌でも顔を合わさなきゃいけない。それとは別に日常的なコミュニティがあるっていうのは、大きいです。シェアハウスのおかげですね。

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シェアハウスのつながりってどのくらいの太さですか?

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太くなくていい。当然毎日顔合わせるのである程度の太さはあるだろうけれど。コミュニティの一つを自然に提供してくれる場として、シェアハウスっていうのは貴重なものだと思いますね、本当に。そういうゆるいつながりを複数持って、適度にメンテナンスしつつ楽しみたい。メンテナンスしないとすぐ切れちゃいますから。

 

衣食住という生きていく上で避けては通れないものの一つを、他者と共有すること。それが、わたしたちの周りに、細いながらも多くのゆるやかなつながりを張り巡らせてくれる。

「シェア」、さかいめ革命における大きなキーワードと言えそうです。

 

 

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