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【さかいめ革命vol.2】ポリアモリーの子どもはかわいそうか?

 

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今日、「液状化する親密圏」という、いかにも面白そうな講座に行ってきました。
全5回の連続講座、初回のテーマは「ポリアモリーと子ども」。

ポリアモリーというのは、1対1の性愛関係に囚われない愛の形、とでも言いましょうか。
1対1のモノガミーを当たり前だと思って生きてきた身には、そんなことが成立しうるのか、と驚かずにはいられません。

一口にポリアモリーと言ってもグラデーションがあるそうで。
結婚して互いにポリアモリーを実践する「オープンマリッジ(Open-Marriage)」
恋人間での「オープンリレーションシップ(Open-Relationship)」
1人が2人を同時に愛する「ヴィー(Vee)」
3人が互いに愛し合う「トライアド(Triad)」
…と、実に多様です。

 

今回のテーマは、そんなポリアモリーが子どものいる家族になったとき。
これをポリファミリー、ポリアモラスファミリー、なんて呼ぶんだそうです。

当事者が合意の上でポリアモリーを実践することには、「それで幸せならいいんじゃない」と寛容な人も多いことでしょう。しかし、子どもを作るとなると話は別らしく。

今日の講師の深海菊絵さん曰く、ポリファミリーの話をすると決まって出てくる反応が、「子どもがかわいそう」。
これがずっと、帰りの電車でも引っかかっていました。

 

「ポリアモリーは個人の勝手だけれど、子どもは親を選べない」

「将来自分の家族が他の家族と違うことに悩むかもしれない」

「学校でいじめられるのではないか」

 

ポリアモリーの子どもは、かわいそうなのでしょうか。

 

かわいそうと哀れまれた子どもは、自分の親や家族に烙印を押され、自分を否定される感覚に襲われます。
ポリアモリーの子どもたちが直面する問題の本質は、「親がポリアモリーであること」そのものではなくて、「社会がそれを異質とみなし排除すること」にあるのではないでしょうか。

ポリアモリーが子どもを産み育てることを、わたしは否定したいとは思いません。

つい先日、『ルポ 同性カップルの子どもたち』という本を読んだのですが、同性カップルの一人のこんな言葉がありました。

「もしかして、自分も愛する人(=同性パートナー)と家族(=子を産み育てること)の両方を手に入れることができるのかもしれない、って」

マジョリティである異性愛者であれば、当たり前に認められた幸せが、同性愛者にはそうではなかった。それって、あるべき姿なのでしょうか?

わたしは、同じ論理でポリアモリーにもその幸せがあってしかるべきだと考えるのです。

 

もちろん、ポリファミリーが子どもにとって非の打ちどころのない環境だ、とは言いません。

それはモノガミーのファミリーであっても同じこと。

完璧な家族なんてどこにもありません。

 

 

※次回「液状化する親密圏」のテーマはシェアハウス。楽しみです!

 

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